「受水走水小未遂」(比嘉淳子のryuQ100花【4月号】)

ryuQ編集室

2009年04月27日 09:00


以前何度も書いたが、我が家の裏にある通称「ワンダーガーデン」に昨年、身に覚えのない稲穂が実った。舅のユニヌスージ(よねのすーじ・米寿の事)を今秋に控えての事である。愚嫁は考えた。「これを育てよう!」。たわわに実った自前の稲を持ってかりゆしの踊りを一発かませば、感涙で宴も盛り上がり、20年余の親不孝も帳消しの事間違いなしと。
それに、ちょっとした「アマミキヨ」体験もわくわくである。

沖縄の稲作伝は様々にある。
南城市にある「受水走水」に、北山王(現・今帰仁村)伊波按司が唐から稲を持ち帰り琉球中に広めた説、嵐の後、一羽の鶴が稲をくわえて飛来し力尽き、その稲をアマミキヨが受水走水に植えた説、これまたアマミキヨが遠い所にある幸せの国から持ってきた稲を受水走水に植えた説と、どちらも「受水走水」の御穂田(ミーフダ)と呼ばれる水田に植えられている。

「ワンダーガーデン」は、広さ約2坪の土地に約50種類の植物と大小の動物が生息している。
今、これを書いているときも「ワンダーガーデン」からシトラスの香りとうぐいすの声がする。
話は逸れるが、毎年、うぐいすが春を言祝いでくれる。
うぐいすは果報な鳥だそうだ。「ほーほけきょ、きょきょきょきょきょ」と、鳴いてくれるほど幸運が舞い降りていると聞いた。

今朝なんてあまりにもよく鳴いてくれるので、お礼に「ほーほけきょ」と返したら、倍に返してくれた。うれしくて倍々返したら、朝食を食べている娘が「うぐいすの鳴き声は威嚇らしいよ。キョキョキョキョキョなんてブチ切れ状態なんだって」。

つまり、テリトリーを守るための威嚇で、それに応対しているおばさんにうぐいすはブチ切れているのだそうだ。この娘、たまに興醒めな事をのたまう…。

とにかく、無計画に植物を植えたら、密林と勘違いして大小の動物が生息するようになった。動物の世界の口コミは早く、夏は鈴虫がなく。ヤンバルクイナはこちらに向かっている頃だろう。こうなればイリオモテヤマネコも歓迎する。

かくして、このワンダーガーデンに水田を作る余裕はなく、目を付けたのが、海水魚を飼っていた水槽である。ディズニー映画を見た帰りに衝動買いしたブツである。あるじ亡き後、物入れになっていた水槽を水田にしようという試みである。なかなか賢い作戦だと思った。
田土が入手できないので、水草用の土を入れ、水を引き、濁りを沈殿させた後、種籾蒔きのはずだった。そう、「受水走水小」の出来上がりのハズだったのだ。
ここでまた、娘が言った。
「アイガモは?」
「飼えるわけないじゃん」
「ボウフラ湧くよ」
「じゃ、どうすればいいの?」
「めだかとかグッピーでいいじゃん」
というわけで、今度は息子も参加してペットショップへ赴いた。
グッピーを選んでいるそばで、息子が愛おしそうにうなぎを見ている。
アルビノなのか、白いうなぎである。

結局、グッピー多数とウナギ一匹を「受水走水小」に放流することになった。
いや〜な予感がした。いや、アイガモが増えなかっただけでラッキーだったかもしれない。店先ではおとなしかった白うなぎが、水を得た魚のように縦横無尽に土を掻き揚げ、水しぶきを上げ龍となった。澄んでいた水が一気に濁り、グッピーの姿も探せない。
これじゃあ田植えが出来ないじゃないか! 一体全体うなぎなんてどういう了見で飼うんじゃ〜! まず、稲の根が張らないじゃないか! と、後の祭りながら抗議する母親に、姉弟そろって「天然うなぎが食べられるんだよ」と、「お米とうなぎが同時に飼えるなんてすごいじゃない」「母ちゃん、これ、うなぎどんぶりキットと呼ぼうよ」…。
水槽で飼ったうなぎが「天然もの」と呼べるわけなく、もはや、この姉弟にしてやられた感がある。
かくて未遂に終わった「受水走水小」。今や「うなどんキット」と呼ばれ、肥培されている。

私の世代は、バリューセットとか、お得とか、限定という言葉に弱い。
この文字をどこかにつけられると、買わなきゃ損!という風に出来上がってしまった。
こんな中年の心理を若者は搗いてくる。水槽で稲作とうなぎが同時に楽しめ、ボウフラまで撃退してくれる夢の「うなどんセット」、もう少しで「アイガモ鍋」まで付録されるところだった。

冷静になれば、怪しい事間違いないのだが、情報通の若者に言われれば乗っかってしまう。オレオレ詐欺の心理作戦もこの手だろうか。
こちら側は亀の甲も年の功。沖縄の米栽培は二期作だ。次の田植えに期待する事にした。
後日談だが、「白龍(パイロン)」と名付けたうなぎは、なぜか、普通のうなぎ色になっていた。名は「パイロン」もとい「どん」、漢字は「丼」と書く。

比嘉淳子の『ryuQ100花』バックナンバー:
http://ryuq100.ti-da.net/c73394.html


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。

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