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2007年09月03日

市場<マチグヮー>を巡る構想17年


『沖縄の市場〈マチグヮー〉文化誌 シシマチの技法と新商品から見る沖縄の現在』
小松かおり著(ボーダーインク刊)

 一冊の本が出来上がるまでどのくらいの日数がかかるのか。うちの会社では、四六判で200頁くらいの本だと、だいたい原稿があがってから、三ヶ月から半年くらいというのを目安にしている。ここでいう原稿とは、ほぼ完成原稿のことをさす。まぁ実際はそれぞれの本によって事情が異なるので、あくまでも目安でしかないけれど。

 しかしどのような原稿に仕上げるのか、その構想の時点から、実は本造りはスタートしているわけで、いわゆる「構想●年」というやつだ。まぁ現実は「妄想●年」の方が多いが、その妄想の中から一つでも企画が成立すれば編集者も読者も幸せである。

 というわけで今回ぜひ紹介したいのは、僕にとって「構想17年」の企画であった『沖縄の市場〈マチグヮー〉文化誌』小松かおり著、である。先月末に出来上がったばっかりの本だが、話は1990年までさかのぼる。

 当時僕は『Wander』というシマーコラム&マガジンの創刊号を準備していた。そう昔から一貫して「コラム」にはこだわりを見せていたのだが、同じくらい「インタビュー」でも、沖縄のさりげない断面を切り取りたいと思っていた。例えば「タコライスが故郷の味」という名言を残した地元女性アナウンサーのインタビューみたいな感じである(これは多分メディアでちゃんと「タコライス」について記された初めての記事だとおもうぞ)。そんな時、大学生の知り合いから、「市場の肉屋で働きながら市場のことを調べている、大学院生がいる」と聞いて、こりゃ面白そうだとさっそくインタビューしたのだ。その時出会ったのが、小松かおりさんだった。

 結局「私も肉屋のお嫁さん、欲しいなぁ」というタイトルのそのインタビューは、『Wander 創刊あがぁ号』に載った。この一言は、一日十三時間市場の中でおばちゃんたちと一緒に働いての感想である。彼女は、市場に行き、いきなり飛び込みで「働かせて下さい」と頼んんだら、店のおばちゃんはすんなり「いいよ」と受け入れてくれたのである。

 市場は自分の予想以上にすごくおもしろいと、小松さんは語っていて、僕なんかが知らない牧志公設市場の商売の技法を観察し、そして売り手のプロと買い手のプロのコミュニケーションのあり方から、沖縄の食文化の断面を切り取ろうとしていた。

「それがね、おもしろいんだけど、(店のおばぁちゃんたちは)お客さんの住所、職業、家族構成を全部インプットしている。だから、注文するでしょ。そしたら、三枚肉とか言ったら、量を指定しないんですよ。「どれくらいかねぇ」って聞くことも多いけど。聞かないで、ポンっとのっけちゃうの」(wander創刊あがぁ号 インタビューより)

 売り手と買い手の濃密な関係性を表す場としての市場がそこにはあった。売り手のプロと買い手のプロの、豚肉に対するこだわりのせめぎ合いと親和性は、聞けば聞くほど面白い内容だった。豚肉を選ぶことは沖縄の食文化の神髄だったわけだ。

 その当時、牧志公設市場と平和通り一帯は、ストリート・ジャズ・フェスティバルをやったりして、新しい話題もいろいろ話題があった。もともと僕はその近辺育ちなので、あんまり地元の若い者に注目されていない市場の魅力を再発見するという視点で、市場の本を作れないかなぁと考えていたが、なかなかうまく構想が立てられなかった。だから、小松さんのインタビューをまとめながら、こういう本だったらいいよなぁと……と思っていたかどうか。今となって分からないが、実はずっと気になっていたインタビューだったのだ。

 その後彼女は市場をネタに修士論文を仕上げ、人類学者として、アフリカやバナナなど、フィールドを世界に広げる研究者となった。今は静岡大学で准教授として教鞭をとっている。そして2000年になり、久しぶりに牧志公設市場に訪れて、市場の変化に驚いたのである。

「コマの配置も売っている人もほとんど変わらないのに、商品と買い手はずいぶん変わっていたからである。目立つ位置に置かれている商品は、以前は売り場の隅にひっそりと置かれていたか、もしくはもともと存在しなかった商品である。市場を歩いている客も、以前は地元客が多かったが、圧倒的に県外からの観光客とおぼしき人が多い」(『沖縄の市場〈マチグヮー〉文化誌』「第一牧志公設市場の不思議」より)

 ふたたび本格的に市場についてのフィールド・ワークを始めることになった小松さんは、その頃また僕とも連絡を取るようになった。小松さんは、今回の研究のねらい目についていろいろ話てくれた。市場の変化について、アグーや海ぶどう、島バナナなどの市場で特徴的な沖縄の商品の流通と背後にある物語、そしてそれを通して見えてくる沖縄イメージについて、その切り口は、その後も市場の本を作れずにいた僕にとっても魅力的だった。その直後の「ちゅらさん」ブーム、「9.11」の観光的影響などもあって、市場の変化は続き、関係ないのかあるのか、『wander』は十五年目にして、終刊となった。その間、結局、市場特集はしなかった。

 2000年から始まった調査は断続的に2005年ころまで続き、いくつかの論文がまとめられた。そして1990年からこれまでの、小松さんが書いた市場に関する論文をベースにしつつ、沖縄県産本の一般的な読者(研究者各位から三枚肉を選ぶお客、そして市場を観光地として思えなくなった層まで)にもわかりやすく展開する構成を、僕は小松さんに提案し、単行本としての原稿の整理、書き下ろし、さらなる調査が始まった。

 こうして1990年、2000〜05年、そして07年の今年と、断続的に続いたフィールドワークの成果がよくやく一冊の本としてまとまったのである。

 僕としては、あの17年前にやったインタビューのノリを再現するような気持ちで編集作業を行った。そして小松さんと相談して決めた帯の文句はこれである。

「市場へ行こう」

 そう、結局はそこから、始まったのである。

プロフィール:新城和博(しんじょうかずひろ)
沖縄県産本編集者。1963年生まれ、那覇出身。編集者として沖縄の出版社ボーダーインクに勤務しつつ、沖縄関係のコラムをもろもろ執筆。著者に「うっちん党宣言」「道ゆらり」(ボーダーインク刊)など。
ボーダーインクHP:http://www.borderink.com/

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